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長崎地方裁判所 昭和32年(行)9号 判決 1958年10月15日

原告 藍原貞雄 外三〇名

被告 高島町選挙管理委員会

主文

被告高島町選挙管理委員会が昭和三二年九月一五日現在調製の基本選挙人名簿脱漏に関する原告らの各異議申立につき同年十二月五日付決定書をもつて原告らの右異議申立を正当でないとした決定は、いずれもこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「主文と同趣旨。」の判決を求め、その請求原因として、

原告等は、いづれも昭和三二年九月一五日現在によりその日まで、引続き三ケ月以来、長崎県西彼杵郡高島町端島の肩書地に住所を有し、かつ、基本選挙人名簿確定の期日において、年令満二〇年以上の者であるから、当然、同町選挙管理委員会調製の基本選挙人名簿に登載さるべきものであるところ、被告が昭和三二年九月一五日現在にて調製し縦覧に供した基本選挙人名簿には、原告等の氏名はいずれも登載されていなかつた。

そこで、原告等は、昭和三二年一一月一五日被告に対し、右脱漏を理由として、それぞれ異議の申立をしたところ、被告は「異議申立人等(原告等)は、いづれも妻子を高島町外におき、自己のみ単身高島町内にある鉱業所に勤務し、同鉱業所経営の寮に起居しているが、月数回妻子のもとえ往復し、妻子に仕送りしている状況にある。このよう場合には、公職選挙法第二〇条第一項にいう住所は、家族の所在地にあると解すべきである。」との理由のもとに、同年一二月一五日原告等の異議申立を正当でないと決定し、同月七日、その旨原告等にそれぞれ通知した。

しかしながら、被告のした右決定は、公職選挙法第九条及び第二〇条所定の「住所」の解釈を誤つたもので違法である。何となれば、法律上「住所」とは、各人の生活の本拠を指すものであるところ、原告等の住所はいずれも高島町端島の各肩書地(以下単に端島という。)にあるからである。すなわち、原告等のうち古い者は昭和二二年七月から、新しい者でも同三一年一二月八日までの間に、三菱鉱業株式会社高島鉱業所端島炭坑の坑員としてそれぞれ採用され、事故の生じない限り定年(五五年)まで同鉱業所坑員として働く意思を有するものである。いうまでもなく、炭坑は地下作業を主体とする特殊の職場であるからその労働も一般地上労働とは異る特殊のものである。同鉱業所における作業方式は、八時間労働による三交替制、すなわち、二四時間を三分し、一番方は八時から一六時まで二番方は一六時から二四時まで、三番方は二四時から翌朝八時までとなつておる。そして、この三交替制は深夜業を前提としているから一般人の睡眠時を活動時とし、一般人の活動時を睡眠時とするもので、その労働力も強度に要請せられるところから生活様式も自然に一般人と条件を異にしてくるのである。ゆえに、同鉱業所においては、この点に留意して社宅又は寮を設けて坑員を収容し、その生活を保障することにしているのである。

ところが、同鉱業所においては、坑員の増加に伴ひ社宅が不足しているところから、勤務年数、家族数等を考慮せる「端島炭坑々員社宅割当規定」なるものを制定し、点数制によつて順次社宅に入居せしめる方針をとる一方、現在二四五世帯を収容し得る五棟のアパートを建設中である。しかし、原告等はいずれも右社宅の入居順位に至らないため、止むを得ず、右社宅に入居できるまでの間暫定的に、その家族を近郊の地に居住せしめ、単身、同鉱業所の設ける肩書地の寮に居住しているもので一ケ月のうち一回ないし三回位は家族のもとに帰ることがあり、家族もまた原告等の寮に来ることがあるけれども、原告等の生活の本拠はあくまで端島にあるというべきである。いゝ換えれば、原告等は端島に居らなければ生活ができないのであるから原告等の生活のすべては端島の寮を中心として営まれているものと言うべきである。しかも、住民登録法による登録も坑員として採用されると同時に高島町においてなし、主食の配給も同町で受けており、家族こそ端島外にいるがこれとて同鉱業所の社宅割当の順位が来るまでのことであつて、原告等自身としては、いづれも永続して端島に居住し、端島を生活の本拠としているものであるから、家族が端島外に居住しているという事実だけでもつて原告等の住所を家族の居住地とすることはできない。

更に、原告等の住所が端島にあることは長年の間認められてきたところであつて、今回の基本選挙人名簿の調製においてはじめて故意に脱漏されたものである。原告等によつて端島こそ政治的地縁関係の最も密接な土地であるから、この土地において選挙権を行使しない限り他地においての行使は全く無意味である。

以上の理由により、被告が原告等の異議申立を正当でない旨決定したのは違法であるから、これが取消を求めるべく本訴請求に及んだ次第である。と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告等主張事実中、その主張の如く、被告が基本選挙人名簿を調製し縦覧に供したこと、原告の異議申立に対し被告がその主張の如き決定をしたこと、原告等がいずれも選挙資格のうち住所要件以外の要件を具備するものであること、原告等が三菱鉱業株式会社高島鉱業所の坑員として、その主張の如き特異な作業方式に従つて勤務するものであることは、いづれもこれを認めるがその余の主張事実はすべて争う。

原告等は、いずれも西彼杵郡高島町端島を勤務地とし、かつ、ここで家族の生活資源を得ておるが、妻子はすべて端島の対岸である同郡野母崎町又は三和町に居住させておるものであるから、端島が原告等の生活の本拠となるものではない。ただ、その職種的干係から、時間的にみて端島に滞在する方が妻子のもとにいるより多いと言うだけのことである。

なお従来、原告等は生活の本拠である野母崎町又は三和町の基本選挙人名簿に登載されると同時に、勤務地である高島町の基本選挙人名簿にも登載されておつたので、被告はこの二重の登載を是正すべく、野母崎町及び三和町とも協議し、かつまた、長崎県選挙管理委員会及び自治庁の意見をも徴したところ、端島は原告等にとつて単なる勤務地に過ぎず、家族の居住する野母崎町又は三和町こそ原告等の住所であるとの結論に達した。そこで、被告は、右結論に従ひ、原告等をそれぞれ野母崎町又は三和町の基本選挙人名簿に登載した次第である。

ゆえに、被告のした本件決定には何等違法の点はないから原告等の本訴請求は理由がなく、従つて棄却を免れない。

と述べた。(立証省略)

理由

被告が原告等の異議申立(昭和三二年九月一五日現在調整の基本選挙人名籍の脱漏に干する)を正当でないと決定し、原告等に通知するまでの経過事実及び原告等が右基本選挙人名簿確定の期日においていずれも年令満二〇年以上の者であることについては当事者間に争ひがない。

そこで、原告等が右選挙人名簿調製の基準日たる昭和三二年九月一五日現在において、引き続き三ケ月以上、長崎県西彼杵郡高島町端島の各肩書地に住所を有するものであるかどうかについて判断しなければならない。

思うに、「住所」とは各人の生活の本拠(民法第二一条)いゝ換えれば各人の一般生活干係上その中心をなす場所と解されるところ、この解釈は、公職選挙法第九条にいう「住所」の場合においても妥当するものと考えられる。

そこで、右のような見地から原告等の生活干係について検討してみるに、原告等がその主張の如く三菱鉱業株式会社高島鉱業所の坑内夫として、その主張の如き三交替制の勤務に服しているものであることは、当事者間に争ひがないところであるが、更に、証人三浦幾男、同峰谷直彦の各証言の結果を真正に成立したものと認められる甲第一号証の一及び成立に争ひがない甲第一号証の二、同第二号証の一ないし三、同第三号証、同第七号証、同第八号証ないし第二六号証の一、二、同第二七号証ないし第三一号証の各存在に証人峰谷直彦、同甲斐政義、同池田上竹、同三浦幾男、同藍原タキ、同山口美枝、同安東静子、同中山辰見の各証言並びに原告等各本人訊問結果を綜合すると、訴外三菱鉱業株式会社高島鉱業所においては、坑員を採用すると同時に、同鉱業所の経営する社宅(家族持ち)若しくは独身寮に居住せしめ、原則として島外からの通勤を許されないものであるところ、現在、坑員数に比し社宅数が著しく不足するところから、同鉱業所においては、勤務年数及び家族数を考慮せる「端島炭坑々員社宅割当規定」なるものを制定し、点数制によつて順次社宅に入居させる方針をとるとともに、目下二四五世帯を収容し得る五棟のアパートを建設中であること、原告等は入籍(同鉱業所においては坑員として採用されることをこのように呼ぶ。)と同時に社宅の申込をしているのであるが、いまだ入居順位に至らないため、これが入居できるまでの間止むを得ず、その家族を対岸である長崎県西彼杵郡野母崎町又は三和町に居住せしめ、自己のみ単身同鉱業所の設ける肩書地の独身寮に居住しているもので、本件名簿調製の基準日までに最も長期の者で約一〇年、最も短期の者でも約九ケ月を経過していること、右寮は食事の点はもとより被服の補修、娯楽設備生活のすべての面において坑員の便宜を計つているので、原告等が日常生活上不便を感ずるようなことは殆んどないこと、更に、原告等はいずれも入籍と同時に端島において住民登録法による登録をし、端島において主食の配給を受け、端島を中心として日常の文通をしているものであること、また原告等は月平均二ないし三回位家族のもとに帰るけれども、別に管理すべき財産があるわけでもないし(もつとも、原告酒井金次郎は野母崎に、同松浦直一及び同高浜松一郎は三和町にそれぞれ土地若しくは家屋を所有しているが、右三名とも社宅に入居でき次第直ちに右財産は兄弟等に譲る等適宜処分して端島に移住するものであることが窺われる。)かえつて、いつでも引越せるよう家族に準備させるとともに、端島において永住したいと考えているものであることがそれぞれ認められる。してみれば、原告等の日常生活は、年間の殆んどを通じて(一年に満たない者でも同じ予定のもとに)端島の寮においてなされ、かつ、端島を永住の地として生活する意思を有するものであるから、前記解釈に照し、端島の原告らの肩書地が原告等にとつて生活の本拠であることは明らかであると言わねばならない。もつとも、原告等が永住の場所とするところは、現在居住している寮そのものではなく、将来入居するであらうところの社宅であるが、いずれにしても、原告等が端島において永住しようとする意思に変りはない。

しかるに、被告は、端島は原告等にとつて単なる勤務地に過ぎず、ただ、その職種的関係から端島に滞在するほうが妻子のもとに滞在するより時間的に多いというだけのことに過ぎないと主張する。よつて按ずるに、原告等が深夜業を前提とする三交替制の勤務に服しているものであることは前に認定したとおりであるが、かゝる特殊な勤務状態に加えて更に、当裁判所の検証の結果に成立に争ひがない甲第三号証及び前掲各証人の証言の結果を併せ考えると、端島は長崎市を隔たること約一七粁(但し直線距離)の海上(東支那海)に点在する孤島であつて、長崎市から船で一時間三〇分、野母崎町からは僅か三〇分でゆけるが、周辺の海は僅かの天候異変にも荒れおまけに島には桟橋もない始末であるから、連絡船の欠航しない月は殆んどないと言つてよく、殊に冬季及び夏季には陸地との連絡が全く杜絶されることさえ珍しくない。そのため、原告等をはじめ島外に家族をおいている者は僅か月二、三回の帰宅さえ断念せざるを得ないことが屡々であることが認められる。されば、端島鉱業所が原則として島外からの通勤を許さない前記認定の趣旨もうなづけるのであつて、かゝる端島の自然的及び地理的特殊条件を考えると、たとひ、距離的には通勤可能な範囲にあつても、原告等を単に端島と家族の居住地間を往復する通勤者と目する見解は妥当でないと言わねばならない。

なお被告は、原告等は従来から高島町の基本選挙人名簿に登載されると同時に三和町又は野母崎町の基本選挙人名簿にも登載されていたと主張するけれども、次に述べる六名を除くその余の原告等については、右主張を立証するに足りる証拠は何もなく、却つて前掲各証人の証言並びに原告等各本人訊問の結果によると、原告等(但し次の六名を除く)は従来から高島町の基本選挙人名簿に登載され、かつ、同町において選挙権を行使してきたものであつて、今回始めて、右名簿から除かれるに至つたものであることが認められる。ところで、成立に争ひがない乙第二号証の二及び同第三号証の一によれば、原告高浜松一郎及び同高比良新太郎は三和町の、同酒井金次郎、同松尾伝夫、同村田立及び同森部武は野母崎町の昭和三一年九月一五日現在における各基本選挙人名簿にそれぞれ登載されていたものであることが明らかであるが、これ等のうち、松尾、酒井、村田及び森部は、いずれも当時野母崎町に居住していたもので、未だ端島に移住していたものではなかつた(この点右原告等各本人訊問の結果疑ひがない)のであるから、これ等の者が野母崎の選挙人名簿に登載されるに至つたことは当然であるというべく、また、高浜及び高比良は証人川原徳一の証言でも窺われるとおり、いずれも本籍地たる三和町に土地、家屋を所有し、家族がこれを耕作していたことから(この点は右原告両名の各本人訊問の結果によつても明らかである。)単なる出稼ぎ人と見られ、その結果、同町の選挙人名簿に登載されるに至つたものであることが認められるのである。要するに、この点についての被告の主張は何等理由がない。

加えて、成立に争ひがない甲第四号証に前掲各証人の証言の結果を併せ考えると、原告等と同じく社宅に入居するまでの間家族を長崎市におき、自己のみ単身端島鉱業所の寮に居住している訴外小島積雄ほか五九名の者については、いずれも高島町の基本選挙人名簿に登載されているのであつて、このように全く同じ条件にある者のうち特に原告等だけを本件基本選挙人名簿から除くに至つた合理的根拠は見当らない。

ただ、被告の主張によると、長崎県選挙管理委員会及び自治庁は、いずれも原告等の住所は妻子の居住する野母崎町若しくは三和町にあるとの意見であつたから被告は右意見に従つたのだと言うのである。なるほど、成立に争ひがない乙第一号証の二及び同第四号証の各存在によれば、長崎県選挙管理委員会及び自治庁の意見がいずれも被告主張の如きものであることは事実であるが、しかしながら、このような見解が、果して公職選挙法上における住所についての正しい解釈と言えるであらうか。すなわち、元来法律上の住所とは、法律的に意味のある行為を場所的に限定するための技術であるところ、技術はその本来の性格上奉仕すべき目的が異るのに応じて分化するものであるから、選挙法上における住所の認定に当つては、選挙の目的と意義を考え、かつ、どの土地において選挙権を行使させるのが選挙人にとつて最も便宜でありかつ適正であるかということが考慮されなければならない。勿論、住所の認定に当つて決定的なことは居住の事実とその期間とであるが(公職選挙法第九条及び第二〇条の規定を参照)本件における原告等がいずれも右の要件を充たしているものであることは前記認定のとおりである。そして、原告等各本人訊問の結果によると、原告等はいずれも高島町端島の住民として同町に深い利害関係を有すると共に、同町の町政及びその他の政治問題についても多大の関心を示しているものであるのに対し、家族の居住地におけるそれ等の問題については殆んど無関心であることが窺知できるのである。されば、原告等にとつて選挙権の行使が最も便宜でしかも適正であるところが高島町端島であることについては異論がない筈である。のみならず、もし被告主張の如く、原告等の選挙権が妻子の居住する野母崎町又は三和町にありとせんか、前記認定の如き端島の地理的条件及び自然的環境並びに特殊な勤務制からして原告等が棄権を余儀なくされるであらうことは極めて明瞭であると言わねばならない。(ちなみに、昭和三三年三月に行われた長崎県知事選挙においては、当日海が荒れ連絡船が欠航したため、棄権した者が少からずあつたことは、前掲中山証人の証言並びに原告藍原貞雄、同高浜松一郎各本人訊問の結果明らかである。)ゆえに、原告等の選挙権は妻子の居住する野母崎町又は三和町にある旨の前記委員会及び自治庁の意見はいずれも正当でないから、この点についての被告の主張もまた理由がない。叙上各認定に反する証人川原徳一、同橋田信定及び同白山義保の各証言は、いずれも信用できない。

以上述べたように、何れの点から判断しても原告等の選挙権は端島の各肩書地にあると言うべきであるから、原告等の本訴請求はいずれも正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高次三吉 守安清 上治清)

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